映画 「湯を沸かすほどの熱い愛」
 
 
中野量太監督の商業映画第一作

 
私は映画で育てられたのに、このHPではあまり映画紹介とかはしてきませんでした。
なぜこの作品を取り上げるかというと、本作の監督とは、かつて同じプロダクションでTV番組の仕事をしたことがあるからです。ホンの一回りくらい前の事です。たかが12年されど12年ですね。
 
ポスター画像は映画.comより  おそらく ©2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

 
ココのいきさつで書いた若きディレクターの一人が中野量太さんです。私は最初にもう一人の若手ディレクターをサポートしたのがきっかけで、このプロダクションから離れてしまいましたので彼とは縁がなくなっていました。その後自主映画に使う音声機材を借りたいというので協力したことがあります。そのプロダクションには音声機材があるのに、何か事情があって使えないんだ、と少し気の毒に思ったことがあります。
 

 
当時、皆、「量太くん」と呼んでました。彼は根っからの脚本・演出家で「映画の監督として立つ」ことを目標にして映像の世界に居ました。なのでテレビの仕事はあまり積極的にはやりたがらなかった人ですね。気持ちはよく解ります。

彼のホン(脚本)も読ませてもらったことがあります。不思議な感覚の持ち主で、シュールな一面が感じられました。
でも物語が書けるってのはいいなあー、って当時は思いました。この作品も彼のオリジナルです。関係者がいうには、ずいぶん前に出来上がっていたホンらしいですが、これもやはり現実を超越したところがあります。おそらく、ですが一部は自らの体験にもとづいているのではないかと想像します。

撮影は昨年の6-7月に行われ順調に完成したらしいですが、プロモーション段階で主演の宮沢さんのスケジュールがとれず、公開時期が一年ほど伸びたと聞いております。量太くんにとってはこの一年長かったでしょうね。

池袋でお酒飲んで別れてから、もう何年も会っていないけど人柄はよく知ってます。明るさもあります。暗さもあります。でも優しく周りを気遣うことを忘れません。そんな愛すべき人柄です。何より顔に書いてあります。
 

©2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
 
まず、製作委員会のHPでトレーラを見てほしいと思います。映画の内容はこのまんまです。
 

 
 
有楽町のミニシアターで観てきました。
 
監督のこだわりでしょうか、この映画はシネスコサイズです。
 
やはりキモは宮沢りえ演ずるところの主人公「双葉」。体重を数キロ絞りつつ臨むラストシーンに向けての演技には、誇り高き女優魂を感じました。一方、気の優しい娘役「安澄」を演じるのは若き実力派、杉咲花。この二人と旦那の連れ子という設定で片瀬鮎子役の伊藤蒼が頑張っています。この三人を軸に物語は展開するのですが、キホン、余命いくばく系の物語展開で「死ぬまでどう生きるのか?」ということを言葉でなく行動によって示そうとする母親像を描きます。

最初、宮沢りえさんに「聖母だったら、やりたくない」と言われたそうですが、このことは量太くんにとって最高の助言だったでしょう。この言葉によって現実感を失うことなく、かつ気高い母親の姿がスクリーンに投影されることになりました。

でも、死ぬ前に、実際みんなこのような行動ができるかというと、たぶん 「で・き・ま・せ・ん・!」
 
「娘なんていない」と言う実の母親にモノを投げつけ、自分の運命を恨む双葉の姿が現実に近いのでしょう。
でもホントはもっと厳しいんだと思います。
 
でも、そこは映画の世界です。リアルだけでは成立しません。この映画には悲惨さ、暗さは包み隠されています。
こんなかっこよくは死ねないけれど、生き方、過ごし方、お別れ、などの指針にはなるかもしれません。
 
映画自体は地味です。淡々として堅実です。奇をてらう映像はありません。物語に集中できるので、これでいいんだと思います。
子どもにそれを言わせるか、という場面もあり、おそらく2度や3度は胸を詰まらせるかもしれません。
 
「ズルいよ。量太くん」と言いたくなりますが、そこは根っからのストーリーテラー。しゃあしゃあと複雑な人の縁と運命とを描ききります。
また、年端のいかない子役をよくリードしています。これは子どもとも友達になれる中野量太監督の美点です。
 
私には簡単なことではありません。
 
終盤、「量太君、この話、どう落とし前つけるのかな?」と、衰えていく双葉をみながら、ずっと思ってました。
 
結局、題名通りの結末になっています。
ここは製作チームの中でも賛否両論あったような気がします。
シュールです。でもこれが彼の持ち味です。以前読ませてもらったホンもそうでした。
私としては現実から乖離するなら見えない存在くらいの表現がよかったかな、と思いました、が、これはボクの作品ではありません。
量太くんの作品ですからね。これでいいんでしょう
 

 
最後は黒澤明を意識したパートカラー的な演出技法を試みています。
黒澤映画に詳しい人なら「天国と地獄のパクリじゃん」ときっと言うことでしょう。
 
でも中野量太監督にとっては尊敬する映画監督への心より湧き出る純粋な賛辞なのでしょう。
 
これは黒澤明ファンには許されないかもしれないけれど、映画の製作に携わる人同士ならセーフな感覚です。
スピルバーグ監督も同様なことを「シンドラーのリスト」で試みています。
 
ここは、中野量太監督の「この映画はこういうことなんだよ。この帰結に向かってこの物語があるんだよ。」というメッセージだと解釈しました。彼流の霊的な表現と言えなくもないです。 
 

 
宮沢りえさんが出演してくれたのがこの映画にとって最大のポイントです。
それだけホンが良かったということでしょうか。これで地味ながら商業的には成功するでしょう。

でも少しだけ自主映画っぽいところも残しています。これがまたいいところです。

ちなみに中野量太監督と宮沢りえさんは同い年です。この二人、いろいろと共通項がありそうです。

世に出るのは少しだけ遅れたけれど、中野量太監督、次回作も頑張ってほしいものです。
 
文庫本も出ています。

買ってください(文春文庫)。量太くんに印税が入ります。たぶん
 
しばらくの間、上映されるようです。
時間があったらぜひ観てください。
 

 
 
オシマイ
 
2016年11月半ば
 
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