Digital Stream
(C) 2009 DIgital Stream All rights reserved.
シチリア紀行 with Sony EX1
 
地中海の十字路「シチリア」
 
プロローグ
 

 「シチリアに行ってみない?」という話しがプロデューサーからあったのは2008年2月中旬のこと。いまのところ企画意図も見えなければ、どんな風にまとめればいいかということもよく解らないらしい。周到な準備が必要な海外ロケでこういった状況は珍しく、現地へ着いてからの波乱が予想される幕開けとなった。この時点で判っているのは2月末に出発ということと、観光プロモーション的な映像制作になるのではないかということだった。

 
シチリア島は地中海で最大の島だ。東は海峡を挟んでイタリア半島を望み、西はアフリカ大陸にほど近い。この島は交易の要衝として様々な民族の支配を受けた歴史があり、現在でも多種多様な文化が融合している。地中海南部の季節は日本より少し進んで3月半ばの季候と予想される。そのため暖かいが天候の移り変わりは早いだろう。わずかなシューティングチャンスを確実にとらえるように心がけていきたい。
 
  私自身シチリアへ渡るのは 23年ぶりになる。前回はイタリア半島に近いメッシーナから中心部エンナを通ってパレルモへ向かったが、今回は北西部中心に日本人観光客が訪れることが少ない街を巡ることになりそうだ。 23年前は映画用35mmカメラ、今回は最新のメモリーカメラという違いはあるが、このロケを通じてシチリアの多様な文化と新たな魅力をレンズ越しに描き出せればいいのではないかと思う。
   
スタンバイ  
   
予算の都合上、手持ちの機材で行くしかないかと考えていたところ、関係者のご尽力でSONY PMW−EX1をお借りできることになった。小型カメラでは最高の画質を誇るEX1で撮影しておけば目的の半分は達成できるだろう。私見だがEX1は30P、24Pなどのモードを使用して映像を創り込んでいくタイプのカメラだと考えている。プログレッシブのほうが映像の質感は高く、しっとり感は出るだろう。しかし、プロモーション映像ということを考えるとリアル感も大切な要素となる。今回は最終的な視聴形態も考慮してHQ1080/60iで収録することにした。

  問題は素材の保存をどうするか、また編集には最新のソフトウェアが必要だということだ。編集の問題は帰国してから考えることにして、まずは記録した素材の保存形態を確定しなくてはならない。用意できた記録用メモリーは16ギガバイト一つと8メガバイトが二つで、HQモード(VBR, 35Mbps)で1時間40分の撮影が出来る。インタビューなどを含む通常の海外ロケの感覚からすれば約一日分で、別途データを保管するバックアップメディアが必須となる。幸いにして昨年からMacBookを使用したキャプチャー作業などを現場で行っており、経験は積んできた。このラップトップをバックアップ作業のホストとすることは問題ないだろう。撮影クリップは消去できないリムーバルディスクに保管するのが望ましいので、Blu-ray Discへ毎日アーカイブすることも考えた。しかし、ぎっしり詰まったスケジュール内で書き込み作業を行うことは難しそうだ。そのため素材コピーに時間のかからないポータブルハードディスクを携行することにした。一台は2.5インチで現場でのコピー用とし、もう一つの3.5インチで宿に帰ってから同じ素材をコピーする、ツーセットバックアップの体制をとった。
   
 シチリア島の電源電圧は220V。ソケットは通常のヨーロッパタイプで99%対応できる。これは経験済みだ。持ち込む機材がすべてこの電圧に対応できていることを確認したのは出発当日。あわてて成田に向かった。
   
※ 携行機材表  
   

カメラ

PMW-EX1

SxSメモリー

16G×1  8G×2

バッテリー

BP-U60×3

チャージャー

BC-U1

ガンマイク

ECM-670

ワイヤレスシステム

UWP-C1

三脚

Libec LS55DV

コンピュータ

MacBook Core2duo 2GHz

2.5inch HDD

160G  USB  セルフパワー

3.5inch HDD

500G USB AC100-240V

バックアップカメラ

HDR-HC3 (HDV)

HDVテープ

HDR-HC3用 5本

   
トラーパニ(Trapani)  
   
 トラーパニは州都パレルモから100Kmほど西にある都市で、シチリア島の最西端に位置する港町だ。アフリカに最も近く、三方を地中海に囲まれたトラーパニは古くから「塩の町」として知られ、郊外では昔ながらの製塩を行うサリーナ(塩田)も見られる。また、この一帯は世界でも有数のワインの産地としても知られている。旧市街はバロック建築の建物が多く、港とともに美しい街のたたずまいを見せてくれる。新市街に移って一直線に伸びる大通りを進むと高い岩山が目の前に迫ってくる。この山の頂上に建てられているのがエリチェという古い街だ。

 
 
※ バロック建築が目立つトラーパニの旧市街。天候は曇りでフラットな感じの映像となった。暖色系によせた建物の色は、街全体を優しくみせている。
   
 
   
※ 郊外の塩田では風車を使った製塩施設などを見ることができる。テラコッタ(素焼き瓦)に包まれているのが塩の塊だ。こうして塩を円熟させることで、ミネラル分を多く含む塩となる。暖かい空気のせいもあるが中望遠での表現は柔らかい。
   
エリチェ(Erice)  
   
 岩山の曲がりくねった道をしばらく進むとエリチェの城壁が現れた。石造りの壁をくぐって街に入れば石畳の小径と静寂が待っている。道に敷き詰められた石畳は角が取れ、過去の繁栄と歴史を感じさせる。中世の雰囲気が色濃く残るこの美しい街にシチリア観光で訪れる人も多いだろう。天候は晴れ。標高は751mだ。大気は澄んでいるが空には薄雲が広がり始めている。まだ太陽が低い位置にあるため雲の影響は少なく、強い日差しから生み出される光と陰は街全体のコントラストを高めている。光線を意識しながらフレーミングを進めるがハイライトに対して暗部がつぶれがちになるのは避けられない。天気はよいが初日から難しい撮影となった。撮影を進めているうちに他の観光客も訪れはじめたので、限られた時間を意識しながら古い街並みの撮影を続けた。
   
 
   
※ エリチェの城壁。半逆光の中、コントラストを利用しながら撮影を進める。EX1の発色やダイナミックレンジを感じ取るには良い条件となった。
   
 
   
※ 石畳の路は情緒たっぷり。門扉から差し込む光は石畳にアクセントを与えてくれる。ワイドレンズとローアングルの相乗効果で良い雰囲気だ。
   
 
   
※ 路地からパンアップして教会の鐘楼を見上げる。ヨーロッパでは何気ない風景だが、フルHDの高解像度映像が表現力を高めている。
   
コルレオーネ(Corleone)  
   
 マフィアのイメージが強いコルレオーネ村は、トラーパニから東南へ約100Km内陸へ入った所にあり、村へ到着するまでに1時間半ほどの時間を要した。村の二方は高い岩山にふさがれ、村全体が傾斜した土地に収まっている。村内の道は比較的狭く建物同士の間隔は近い。コルレオーネは村と表現されることが多いがイタリアには市町村の区別はなく、集落は地域の共同体という意味で「コムーネ」と呼ばれている。イタリア最大の都市ローマも「コムーネ」であることからも、イタリアは大小併せた共同体の集合であることが解る。コルレオーネは規模からいけば日本では町にあたるだろう。映画「ゴッドファーザー」で主人公一家の名前に“コルレオーネ”が使われたことから知名度は上がった。だが、その一方でマフィアの悪いイメージが長いことつきまとうことになった。現在では住民たちが「マフィアの村」というイメージを払拭するために努力していると聞く。「ゴッドファーザー」のシチリアロケもこの村で行われたと思っている日本人も多いが、ほとんどは東海岸のタオルミナ郊外で撮影されたようだ。

  過去にマフィア活動が盛んで暗い事件があったことは事実だが、村に入る手前の広大な麦畑や、傾斜した土地に築かれた古い町並みなどに見るべきものは多い。「暗いイメージは過去のこと。人や町、自然などコルレオーネには良いところがたくさんある。ここに来る人にはそういったことを感じてもらいたいな」と地元の少年がインタビューに答えていたのが印象的だった。
   
 
   
※ 夕方に近いコルレオーネの街は少し寂しい表現となった。細い坂道が多く、映像的な見通しはあまり良くない。
   
 
   
※ 細い路地でも車の交通量は多い。想像していたイメージよりも都会的だった。カメラと三脚を持ちながらの徒歩移動は注意がいる。
   
ロンジ(Longi)  
   
 
   
 イタリア中南部の都市は岩山の頂上などに築かれることが多い。攻め寄せる外敵から身を守るためだ。シチリアにもこういった町は多く、中世から続く街は山岳都市の形態をとっている所が多くある。この日はこういった高地性集落とスローフードを巡る旅となった。大きな山脈の中腹に引っかかるようにして小さな町がある。谷の反対側から見渡す景色のなかでミニチュアセットのように見えるのがロンジだ。空はシチリアンブルーに染まり、雄大な景観を引き立てている。このロンジを含む一帯はネブロディー(Nebrodi)国定公園となっており、豊かな自然の中で育まれる有機農法の作物はスローフードの代名詞的な存在だ。撮影チームの慌ただしさとは対照的に、人口二千人足らずの山の街ではゆったりとした時間が流れていく。
   
 
   
※ 雄大な自然を広角で撮ってみた。フルHDの映像はワイドでもキレはよく、パンの決まりは静止画のようだ。太陽の角度もちょうど良い。
   
 
   
※ 同じポジションから最望遠でロンジの街によってみた。この距離では空気の層も厚くなり、シャープなフォーカスは難しい。最望遠では収差がみられるが、もう少し絞り込めば改善されるだろう。
   
 
   
※ 街の中心部を収めようとしたがワイドが足らず教会の尖塔からパンダウンした。引きじりのない小さな広場ではワイドコンバーターが必須だ。シチリアに限らずヨーロッパの街並みは引き場がなく、一画面に収まらないことも多い。
   
 
   
※ グラニータ(イタリア風シャーベット)とブリオッシュ。暑い夏となるシチリアでは朝食の定番らしい。カフェの窓から差し込む光だけで撮影してみたところ。グラニータの冷感はうまく描けている。
   
ティンダリ(Tindari)  
   
 ギリシャ神話に由来する名前をもった古代都市は、ティレニア海を見下ろす丘の上にある。ティンダリは紀元前に建設され、現在では繁栄した当時のギリシャ遺跡などが発掘されている。古代には神殿があったであろう丘の東側には、木製の黒い聖母像を祀る教会が建てられており、崖下の美しい砂州にちなむ伝説とともに巡礼の対象になっているようだ。「ブラックマドンナ」像を祭祀する教会はシチリアでも珍しい。ティンダリの聖母像は漁師によって引き上げられたとされ、浅黒く面長の聖母には東方の情緒が漂っている。深い信仰の対象となっている聖母像にレンズを向けるのは神経を使う。最後のミサが始まったこともあって、空気を壊さぬよう早めに退出した。
 
  到着したのが夕刻でギリシャ遺跡越しに青い海というわけにはいかなかったが、教会がまだ開いていたのは幸運だった。60年代に建て替えられた教会は大きく立派なものだったが、重厚さはまだ不足しているように感じた。
   
 
   
※ サントゥアーリオ・デッラ・マドンナ・ネーラ(Santuario della Madonna Nera)教会は閉まる寸前だが最後の儀式が始まるためサンクチュアリは明るい。感度の良さに助けられ、教会内部のディティールも良く出ている。
   
 
   
※ 木製の像は顔以外の部分は塗装が施されている。つまり顔は意識的に彩色されていないと見るべきだろう。像の素朴さと金の柱がマッチせず露出はとりにくい。台座のラテン語は旧約聖書の一節、“Nigra Sum Sed Formosa”「私は浅黒いが美しい」。
   
 
   
※ ここはシチリア東部のメッシーナ県だ。ギリシャ時代の円形劇場からティレニア海を望んでみた。時間と天候に恵まれれば上部左の海は「グランブルー」なのだろう。
   
カルタジローネ(Caltagirone)  
   
 シチリア中南部のカルタジローネに移動した。ここも典型的な丘上都市である。市庁舎広場とサンタ・マリア・デル・モンテ教会を結ぶ階段は、蹴上げ部分にマヨルカ焼きの彩色陶板が施されていて美しい。ここは良質の粘土が採れたことから「陶器の街」として発展した。歴史も古く、ギリシャやアラブ文化の影響をうけた独特のスタイルが特徴的だ。街には陶器工房や陶器を扱う店がいくつもあり、訪れる観光客も多い。カルタジローネのもう一つの特徴はバロック様式の建築物にある。1693年の地震で壊滅的な被害を受け、再建時に後期バロック様式の建物に統一されたものだ。素朴な陶板による装飾とバロックの複雑さのコントラストが面白い。

  この街は2002年に“ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々”の一つとして世界遺産に指定されている。遺産といっても実際に多くの人々が生活する生きた街並みで、ここに住む人々が営々と築き上げ守ってきた。こうした人たちを描きたいと思ったところで時間切れとなり、シチリアロケはこの街を最後にクランクアップとなった。
   

参考※ 遺産名 ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々
Late Baroque Towns of the Val di Noto (South-eastern Sicily)
ヴァル・ディ・ノートとはシチリアの古い行政区分ヴァッロ(Vallo)の一つ。

   
   
※ サンタ・マリア・デル・モンテ教会に至る陶板装飾の階段。
(La Scala di St. Maria del Monte)142段ある。十段ごとに陶板制作の手法が異なり、上部に行くに従って色鮮やかなものに変わっていく。到着した時間が少し早く、まだ階段は日陰だ。陽があたるまで待ちたかったが、後のスケジュールも考慮して強いコントラストの中で撮影を開始した。
   
 
   
※ 階段の途中にある陶器工房が撮影に協力してくれた。建物には太陽光があたり、絵付けする女性は日陰の中という条件だ。悪条件でも撮影された映像に崩れた部分はなく、細かい描写ができている。
   
 
   
※ 花瓶のハイライト部分はクリップ気味。肌の描写は柔らかく好感がもてる。レフなどの補助光が使用できればもっと良い結果となっただろう。
   
 
   
※ 最上部付近の彩色陶板。民生機に比べるとクロマは抑え気味で、鮮やかな映像がほしい時は調整が必要だろう。見た目の色通りだが自然すぎてインパクトにかけると言う人もいるかも知れない。
   
 
   
※バロック様式の建物が並ぶ街角は落ち着いた雰囲気。街のおじさんが示唆してくれたアングルから撮ってみた。小さなカメラのせいか街の人が気さくに話しかけてくる。
 
※ メモリーが足りなくなると現場で携行用2.5インチHDDにコピーをする。
宿に戻ってからもう一回3.5インチHDDにバックアップをとった。
 
EX1とシチリア島
 
 MPEG2であってもフルHDで記録できる恩恵は大きい。クロマやエッジを強調することなく、豊かな色と解像感を両立させる EX1の実力は高いと感じた。放送用カメラを意識したトーンは民生機に比べて地味に感じることも多い。しかし、この確かな素性があれば自分の望むトーンに追い込んでいくことは可能だろう。 EX1の生み出す高解像度の映像は、僅かな光線の違いや質感を精緻に描き出す。今まで以上に光の捉え方が重要だと強く感じたロケであった。
   
 三脚とカメラを持って街角で構えていると、「あっちの方が綺麗だ」と街のおじさんが身振り手振りで教えてくれる。東の果てから来たカメラマンをシチリアの人々は好意的に受け入れてくれたようだ。 23年前に訪れたときはマフィア裁判の直後で、撮影隊はある種の緊張感を感じながら仕事をしていた。しかし、現在はそうしたことも意識する必要がなくなった。今回のシチリアロケは景観や建物の美しさだけでなく、人の優しさを強く感じたロケであった。シチリアの本当の魅力は美しい景観や街を守ってきた人々にあるのではないか。再度カメラを持って訪れる機会があるのなら、この優しい人々を描いてみたい。
 
2008年「ビデオサロン」5月号、未掲載部分を主として
 
サーチエンジンから直接来られた方はトップページへどうぞ
文章と映像: このサイトの責任者
写真提供: 永山さんと高橋さん
シチリア語通訳と校正: 佐藤さん(La Tavola Siciliana)


(C) 2009 Digital Stream All rights reserved.