カリブの赤い星  キューバの 5日間
Estrella roja del Caribe  5 dias de Cuba
イラディエル ”ラ・パロマ ” の舞台を訪ねて
Visitando la etapa de Yradier "La Paloma"
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2014年  3月のとある日
メキシコのグアダラハラからメキシコシティ経由で → キューバに
カストロさんとチェ・ゲバラさんの国ですね。
 
実は、はじめての社会主義国ロケなのです。
 
今回の曲はコレ  「ラ・パロマ」 
低音のリズムをみるとハバネラですね。ハバネラHabanera)はキューバ発祥の民族舞曲で「ハバナの踊り」を意味します。
というわけで、ハバナへ行かなくてはいけません。
   
キューバの隣国メキシコで大流行したためラテンナンバーだと思われがちですが作曲者はスペインの人。

当時スペインの植民地であったキューバを訪れたセバスティアン・イラディエル(Sebastian Yradier, 1809 - 1865)が帰国後、キューバ滞在の印象を受けて書いた曲です

自分を鳩(La Paloma)に見立て、

もし、お前の窓辺に一羽のハトが
やってきたのなら
優しくしてやってくれ
そいつが俺だと思って

と歌います。


ハバネラといえばフランスの作曲家ビゼーの歌劇カルメンで歌われる「恋は野の鳥」が有名ですネ。このカルメンのハバネラ、実はイラディエル作曲のハバネラ『El Arreglito』という曲が元になっています。ビゼーは、初演でタイトルロールを歌うプリマから紹介された『El Arreglito』を、スペイン民謡と誤解してメロディを借用、初演に間に合うようにと作曲したものです。もっともビゼーは原曲から変更を加えていて、彼らしい洗練された曲に仕上っているのはご存じの通りです。イラディエルの曲は当時のスペインや歌い手の間では広く知られていたのですね。

   
キューバでの商用撮影はビザと取材パスが必要

コレはパスポートに貼り付けられた入国ビザ(取材用、出国スタンプの日付が?)

五日間限定デス。
ツーリストよりも短い!

取得には事前に企画書や取材意図、スタッフの職歴などを書いた英文書類の提出及び在日キューバ領事館での面談が必要でした。

これらの書類はプロデューサーが英訳の上、あつらえてくれました。なので私は領事館とビザセクションに出向いただけですが、プロデューサー氏は、いろいろとやりとりが大変だったようです。
   
さて、メキシコシティ国際空港から 2時間40分ほどでホセ・マルティ国際空港(ハバナ)に到着。
 
到着ロビーは一昔前の地方空港を感じさせる趣。
 
入国時、イミグレーションではイギリスと同じようにカメラを使って顔の認証をしています。パスポートの写真と一致するかみているようでした。次に「機材許可リスト持ってるか?」のようなこと訊かれましたが、良く聞き取れなかったので 「I'm not sure.」といってとぼける。通じないと思ったのか職員も取材ビザをみて仕方なくハンコをついてくれました。荷物を受け取り、機材を持ちつつもズンズン進み、税関も”申告なし”としてスルー。

持ち込む機材リストは現地コーディネーター会社を通じて、税関に報告してあるのですが手元にそのコピーはありません。
あるのはメキシコ出国時のカルネ書類だけ。いざというときはコレを楯に強行突破しようと思ってました。
ホントは税関職員のサイン入り書類の写しを用意して、もっとキチンと通関手続きしなきゃいけないんだろうね。
カルネが通らない国でのチョット緊張する一瞬でした。

蛇足ですが、電波を発射する無線機系の機材(トランシーバーやA帯ワイヤレス)などは、別途、許可が必要で、かなり持ち込みがうるさいのだそうです。これらは社会主義国への禁輸品に該当しないか事前に確かめたほうが良さそうです。

外へ。

ハバナは、ちょうど北回帰線付近に位置します。メキシコより緯度が高いのに、それでも暑い。
直前にいたグアダラハラは標高1,500m、メキシコシティは2,200mの高地。ここは海抜数メートルの平地。
暑いわけです。
 
出口でハバナ在住のコーディネーター、瀬戸さんが笑顔で出迎えてくれました。少しホットしました。
   
瀬戸さんから渡された取材許可証

斜めの青字は”外国人記者”と書いてあるらしい。
 

反対側は顔写真付

お尋ね者状態



まあ、コレがあればひとまず安心。


 


とりあえず ハバナ市内着

 
さて、ラ・パロマのメロディに乗って市内撮影開始。

とはいえ作曲者ゆかりの何かが残っている訳ではありません。あくまで曲の雰囲気を捉えるための収録です。
旧市街方面
   
新市街方面
   
モロ要塞あたりを対岸から

この先の海を150Kmほど行けば、そこはアメリカのフロリダ半島。
   
ハバナ中心部

カピトリオ(旧国会議事堂)あたり

   
革命以前のクラシックカーが元気に走る
   
丁寧にリストアされているモノは
ほとんどがタクシー用途。

この車両は150万円ほどで売りに出てた。
チョット塗装が剥げているのがキニナル。
   
国家が新しい車両を用意出来ないため、仕方なく使っているようなのだが、今やキューバ名物となっている。

古き良き時代のアメ車が現役で走っているのをみるのは、 なかなか味わい深い。

車好きにはたまらないだろう。

街一番の繁華街オビスポ通り


なんと、街を見回る警官はメキシコよりも全然少ない。
コレは治安がいい証拠。
ヤバイなと思う場所は一つもなかった。

とかく物騒に思いがちだが、来てみれば認識が間違っていることも分かる。
 
ピンクの建物はヘミングウェイが7年間住んだというHotel Ambos Mundos
   
取材パスの威力か、それともそもそも気にしないのか、街中での撮影でもいやがられたり、見回り中の警官にチェックを受けるような事はありませんでした。どちらかといえばカメラをみて手を振ってくれたり、笑顔で通り過ぎる人のほうが多かったのではないかと思います。観光立国であることと、教育に力を入れている国ということで民度はかなり高いのかもしれません。

反面、市中のレストランのなどでは、”サービス”という部分がやや薄い店が一部あります。目くじら立てるほどではないのですが、社会主義国では”人にサービスして報酬を得る”という概念が浸透していないのかもしれません。
元々いい人達ですから、経済開放政策の進捗次第で、これらは問題ないレベルに達すると思います。

画になる部分がそれほど多いとは言えませんが、撮影に関してはストレスを感じることなく進めることができました。
   
通りはアメリカ、カナダ、フランス、イギリスの人たちで賑わう。

アメリカ政府はいやがっているが、来る人は来る。経済制裁の意味があるんだろうか。

この常夏の島がほしいだけ、なのかも。
   
路地にもクラシックカー。

アメリカ人にはたまらないだろうね。

どうりで米国人が多いわけだ。
ただし、ここ、ホテルやレストラン以外では、あまり英語は通じないみたい。
   

 
フィデル・カストロさんが要職から退くと同時に限定的ではあるが経済的な開放政策が始まっている。
現在の指導者はカストロさんの弟ラウル。
キューバは徐々に発展をみせるだろうが現状はモノ不足。そして資金不足。
テロ支援国家と見なし、カストロ憎しと制裁ばかり行うアメリカの姿勢は問われるべきことだろう。
そんなアメリカの振る舞いに日本は盲目的に追随するばかりだ。
 
外国人観光客が宿泊するホテルなどには優先的に物資が供給されるので、私たちが不自由を感じることはない。
ただ、その分、この国の人たちがモノ不足に苦しんでいるとみていいだろう。
食料品では特に小麦が手に入りにくいと聞いた。ここで数日間を過ごすだけの外国人にはわかりにくいが、これが現実だ。
 
どんな体制でも人が幸福を求める権利はある。
キューバの若い世代はもう少し豊かになりたいと思っているハズだ。
フィデルやラウル・カストロさんのお歳を考えると経済の自由化は案外近い将来なのかもしれない。その時は大いに発展してほしい。
そして、この古き良き街並みを大事にして、美しい国を築いていってほしい。

   
最近古本に限り自由販売が認められたようで、公園の周りに多くの古書が並ぶ。

ただ、この2人の英雄の本が圧倒的に多い。
   
これは18世紀建立のカテドラル。

左右の鐘楼が異なるところが面白い。
   

原則として信仰は自由。

主たる宗教はカトリックだが、現在では無信教の人が国民の半数を占めるそうだ。

カトリック主体の国ながら離婚は容易。手続きが簡単なこともあって離婚率は高い。
2度、3度つれ合いが変わるのは当たり前、らしい。

街を見た感じではヨーロッパ系の白人が50%くらいか。
この国では人種統計は差別につながるとして正確な統計調査は行われていない。



 
撮影でタクシーに乗ってみる。
   

サスは案外良いんだけれども、
道路に凸凹が多くあり、撮影に苦労。

   
アメリカと仲良くなって経済的な問題が解決すると、このクラシックカーたちは観光用以外にはなくなってしまうかもしれないね。
現に古い車の排気ガスは問題視されているようです。

できたら頑張ってリストアして名物の一つとして残してほしいものですね。
   

撮影は3日間ですが、
前後移動日を含むためトータル5日間の滞在。

無事、撮影を終えました。

シルエットのアベックさん。
お邪魔してすみませんでした。

ふと気がつくと、
顔も耳も腕も、日焼けで真っ黒。

キューバの人よりも黒いかも。

   
帰りはハバナ → メキシコシティ(トランジット) → ティファナ(給油) → 成田で、飛行機に乗っている時間はとても長い。

預けた荷物はメキシコで無理矢理開けられたようで、トランクの鍵は半壊。
キューバから出る荷物のチェックは厳しいですので、貴重品は手で持っていったほうがいいです。

未知の国キューバ、楽しかったね。  人が優しくて、いい国だと思う。
 
Special Thanks to : Kumiko Seto
 
2014 March 10
2014年3月13日追補
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